わたしを離さないで2023/06/21 12:57

□わたしを離さないで Never Let Me Go 
              (カズオ・イシグロ/土屋政雄(訳) 2006)

 今更ながら読んでみて筆力に驚いた、さすがノーベル賞SF作家だ。臓器提供者としてこの世に生み出されたクローン人間の短い一生が淡々と描かれる「ものすごく変わった小説」(英文学研究者柴田元幸による解説)なのに一気に読んでしまった。
 舞台は、クローンによる臓器提供が実用化されている20世紀末の架空のイギリス。SFなのに、クローン培養や臓器移植の技術描写は一切ない。
 代わりに、幼少期の提供者(クローン)が共同生活を送るホーム、臓器提供後の提供者の体力回復を図る回復センター、死に至るまで提供者を見守る介護者などの薄気味悪い臓器提供社会システムの全貌が徐々に明らかにされていく。
 普通この手の話では、映画「ブレードランナー」のように、生に目覚めたクローンの逃亡と反逆が物語を動かしていくのだが、ここでは、わずかに「愛」による救済が示唆されるのみでしかもあっけなく否定される。
 提供者たちは、閉じ込められている訳ではなく自由に往来も出来るが、不思議に誰も逃げようとはせず、数回にわたる臓器提供を果たして「使命を終える」。
 日系英国人カズオ・イシグロの作ではあるが、不条理な運命を従容として受け入れる主人公たちの不可解な従順さが日本的特性と解釈されないことを祈る。
 小説中で、主人公の心の声を代弁する「Never Let Me Go」という、架空の歌手が歌う架空の楽曲(ジャズの名曲とは別物)が出てくる。架空の楽曲ではあるが、小説の映画化に伴い現実化されて聞くことが出来るのが面白い。


Never Let Me Go