カンヴァスの向こう側2020/10/17 17:49

□カンヴァスの向こう側-少女が見た素顔の画家たち
                        (フィン・セッテホルム著 枇谷玲子訳 2013)

 絵に触ると、その絵の描かれた時代と画家のもとにタイムトラベルしてしまう、不思議な手を持った少女リディアが、人語を話す鳥少年に導かれ、時空を超えて天才画家たちを訪れるファンタジー。
 登場する画家は、レンブラント、ベラスケス、ダヴィンチ、ドガ、ターナーそしてダリと、いづれも美術史の開拓者である。誰もが皆それらしく描かれているのだが、僕が気に入ったのは、ガラの尻に完全にひかれて、(高く売れそうな)絵をせっせと描かされるダリのエピソード、なんとなく本当くさい。
 絵を通り抜けて時間旅行するのは作者の独創なのだろうか、僕は初めて読んだので素敵なアイデアだと感心した。うろ覚えなのだが、JGバラードの短編に、ダヴィンチが現代に出没するというのがあったような気もするが、これとはだいぶ趣が違う。
 作者のフィン・セッテホルムは、スウェーデンの人気アニメの主題歌も作っているシンガーソングライターで、歌姫と物書き、二足の草鞋を履いているのだ。才能があって羨ましい。
 少々残念だったのは、日本人の絵描きが出てこなかったことだが、この話には続編があり、北斎も登場するという。読むのが楽しみだ。


カンヴァスの向こう側


長谷川利行2020/10/17 19:23

□長谷川利行の絵-芸術家と時代(大塚信一 2020)

 惹句に「日本のゴッホ”長谷川利行の本質に迫る、画期的評伝」とあるが、僕は長谷川利行の画風や生き方がゴッホに似ているとは思わない。あえて似ている西洋の画家を探せば、酒と下町の景色をこよなく愛したことからユトリロなんだと思う。もっとも一般には、日本のユトリロは佐伯祐三ということになっている。
 本書は、酒飲みで放浪の画家長谷川というステロタイプなイメージに、世界の絵の潮流の中で日本の美術界を見ていた、知的な芸術家という側面を加えたいのだと思うけど、なに、知能指数の高いのんだくれは、昔も今も山ほどいる訳で、筆者が苦労して集めたエピソードの多くも、才能はあったが、正規の美術教育を受けず画壇の主流に浮上することもなく、大戦前夜の三河島の路上で行き倒れた、愛すべきセンチメントの画家という定評を覆すには足りなかった。
 つまり、長谷川は、琴線に触れる名画を残したが、絶対にお隣にはなりたくない類の人間で、そういう意味ではまさに日本のゴッホであったのかもしれない。
 僕としては、むしろ、画家の評伝なのだから、長谷川の絵の日本美術史上の位置づけ、フォービズムなのか、素朴派またはアール・ブリュット(生の芸術)として再評価すべきなのか、などを考察してほしかった。結局、画家は絵なのだから。


長谷川利行


PS 全体に文章が硬くて読みにくいので著者の履歴を調べたら、岩波書店の元社長だった。社長さんの文章なのだ。どうして岩波から出版しなかったんだろう。