作家の好きな少し変な絵2018/04/12 11:53

□偏愛ムラタ美術館(村田喜代子 2009)

 あんまり美術の教科書には載っていないような、著者曰く「掘り出し物」の魂の絵画についてのエッセイが17章綴られている。
 僕が発見だと思ったのは、元郵便局員で、世界で唯一人生きている活火山を買った男、三松正夫の描く昭和新山の成長記録。実は、北海道旅行の際に新山の麓には行ったのだが、時間の関係で記念館の見学は出来なかった。こんなに凄い絵が収められていたのかと悔やまれる。
 著者の一番推しは、恐らく、表紙絵にもした、彫刻家ブルーデルの描く、ゼウスの化身である白鳥のレダと美女の交歓図のシリーズ。かの北斎の女とタコを思わす危ない構図もある。官能的なのがお好きなのだ。
 これが、みうらじゅんだったら、本のタイトルは、「偏愛むらむら美術館」だな。


村田喜代子


3.11以降の文学2018/04/10 15:26

□ボラード病(吉村萬壱 2014)

 米国民にとって、テロによる9.11WTCB崩壊が決して忘れられない悪夢であるのと同様に、日本人にとって、3.11大震災とそれに引き続く原子力災害は、生涯忘れることのできない「ありえない現実」となった。
 当然、それは文学、特に小説にも大きな影響を与えると思われるが、大災害が与えたトラウマが文学的に昇華されるまでにはそれなりの時間が必要であり、オウムサリン事件に反応して「1Q84」を書いた村上春樹をはじめ多くの作家達も、まだ、このあまりにも大きくあまりにもデリケートな主題を扱いかねているようだ。
 そんな中で、本書「ボラード病」は、震災後3年というかなり早い時期に、3.11に面と向かって対峙した小説と言える。大災害後の避難生活から戻った住民が不気味なディストピア建設に邁進する「海塚」という架空の町は、明らかに福島の避難指示区域を想起させ、絆が強制され安全と健康がことさら強調される町の様が、その後の日本のメタファーであることを隠そうとしない。
 小説としての出来や完成度は、僕には評価できないが、未だ生の素材を扱うことによる批判を覚悟した著者の勇気と覚悟は評価すべきと思う。
 ここには分かり易い悪の帝王はいない、全体主義社会が仄めかされるが、独裁者は不在のようだ。失った平成を取り戻そうとする人々の「なかったことにしよう」という暗黙の合意形成がただ恐ろしいのである。
 ボラード病に特効薬はない、僕もあなたも保菌者?


ボラード病


面白い英語表現は?2018/04/05 12:36

□英語にない日本語 日本語にない英語 (ノーマン・カッツ 2015)

 退職小父さん、小母さんで、英会話教室に通う人は多い。中には、自分の娘が渡米して結婚して子供を産んだので、その孫とおしゃべりしたいとか、はっきりとした目的を持っている人もいるが、僕も含めて、なんとなく知的なひまつぶし、サークル的な人間関係をもとめてくる人も多いいようだ。
 そんな人にお薦めな本かもしれないと思って読んでみたのがこの本だったが、今や日本語になった「ディスる」の元が「disrespect」だと分ったのは良かったが、他には、雑学的にそれほど面白い表現は書いてなかった。
 ただ、著者の解説は分かり易かったので、次作としては、「shithole」など、最近色々とwordingで物議を醸している「トランプの使う英語」と言うのを出して欲しい。


ノーマン・カッツ


169人の漫画道2018/04/05 12:17

□漫画家誕生(中野渡淳一 2006年)

 信濃毎日新聞に連載されたインタビュー「マンガ家の世界」をまとめた単行本、169人のマンガ家が掲載されている。おそらく刊行時点での人気作家であろうが、僕は、半分以上知らなかった。いつのまにか随分と時代から乗り遅れていたんだ。そういえば前は通勤のおともに抱えていた「モーニング」もここ数年読んでいないなあ。
 という訳で、小父さんにとっては、漫画再入門のような本だった。
 「水木しげる」や「藤子不二雄(A)」のような超有名な作家も収録されているが、興味深いのは、まだ知らなかったマンガ家たち。「パルコキノシタ」のET(グレイ)のような顔の表現には惹かれるな。
 夭逝した「中尊寺ゆつこ」の記事に合掌。


中野渡淳一


帝都大戦不発2018/04/01 20:07

□アラマタ美術史(荒俣 宏 2010)

 冒頭、我々現生人類(ホモサピエンス)がネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ったのは、絵が描けたからではないかという仮説が提示され、以降、絵画の魔法について東西(というか日本と欧州)の歴史がひもとかれる。
 読んでる間は、ふむふむと頷いたと思ったのだが、一か月たってみるとどこに感心したのか思い出せない。うすらぼんやりと、意外にまともな講義だったなあという印象しかないのだ。例えれば、邪かましいセシル・テイラーを聞こうとしたら、端正なエリック・サティが出てきたみたいなもんだ。
 やはりこの人には、怨念に満ちた怪奇面妖な暗黒美術史を話してほしかった。
 昔の奇人も、成功してエスタブリッシュメントになったら、灰汁が抜けた?
 あ、最近の研究では、スペインの洞窟で見つかった壁画は、ネアンデルタール人の描いたものと判明したらしい。彼らの方が先に絵を描いていたのだ。


荒俣宏


「はかせたろう」とは?!2018/03/31 02:24

□芸術新潮【特集】ザ・ヌード(2018年4月号)

 教養と時間はあるが、お金が乏しい退職小父さんは、図書館に行くと、タダでなんとなく知的にまったりと過ごせるので、今日も雑誌架に寄って、「芸術新潮」をぺらぺらと捲るのであった。
 ふむふむ今号はヌード特集か、ありゃ写実主義絵画の元祖クールベは、こんなにスーパーリアルな「世界の起源」を描いていたのか、こりゃ中学校の美術の教科書には絶対載せられない絵だな、この絵だけでも今月号の価値はあるな、などと買ってもいない雑誌を偉そうに批評するのであった。
 特集の終わりには、解説代わりに、人生の三分の二はいやらしいことを考えていた、みうらじゅんと、漫画家・エッセイストの辛酸なめ子の対談が載っていて、でもわりと真面目で物足りなく思っていたら、みうらじゅんが「はかせたろう」をやっていると言い出した。こう聞けば、誰でも人気バイオリニストの葉加瀬太郎に関係していると思うのだが、そんなことは全くなくて、古今東西の有名裸体画の白磁の肌の上に、畏れ多くも黒マジックでレースのブラとパンティーを描き足して、「(パンツを)はかせたろう」というとんでもない遊びだった。
 もちろん作例も載っていて、どんな名画も、黒のブラとパンティを穿かされた瞬間に、場末のストリップ劇場の看板のようないかがわしさに溢れてしまうので、思わず笑ってしまった。こんなことを考えるなんて、みうらじゅんは本当に天才だ。
 それにしても、葉加瀬太郎本人が知ったら、怒り心頭に発するのではないか。

JKエンコウSF!?2018/03/28 00:30

□ぼくらは都市を愛していた(神林長平 2012)

 「3.11を経てはじめて書き得た、懇親の長編登場!」と言う惹句に魅かれて読んだが、そんな直接的な技術文明論SFではなかった。
 筋だけ書けば、女子高生のエンコウ愛人を持つ元教師が、愛人を馬鹿にした(と元教師が感じた)情報軍の女性兵士を殺す話。つまり、表面の筋は、エンコウ愛人殺人事件であるが、バイオレンスやエロスなど、情動に訴える描写は全くなく、いつのまにか理解できない相手に対するコミュニケーションという、「雪風」以来の著者のテーマにぐるぐると引きずり込まれる。 
 SFとしては、ケータイ・ネットワークの普及の先にある、いわば「幼年期の終わり」的な人類進化の可能性が描かれているが、惜しいかな、書かれた時代背景の所為か、そのケータイはガラケー的なテキスト中心のイメージなので、今、現実にあるスマホ・ネットワークに照らすと、言わば「追い越された未来」になってしまっている。
 未来予想的な要素がどうしても入ってしまう、SFという小説形態の辛い処である。
 なお言わずもがなだが、主人公の綾田ミウ・カムイ姉弟の名字の綾田(アイデン)は、アイデンティティのことなんだろうな。

だれころJ-POP!?2018/03/24 13:03

□誰がJ-POPを救えるか?(麻生香太郎 2013)

 演歌、アイドル唱歌から、フォーク、ロックを経て、AKBに至るまでの日本歌謡史。
 誰が救えるか?というタイトルだが、目次には「ソニーがJ-POPを殺した」「韓流がJ-POPを殺した」「つんくがJ-POPを殺した」「○○がJ-POPを殺した」と並ぶので、実質「だれころ(誰が○○を殺した?)」である。最終章だけは「平成10年代生まれがJ-POPを救う」と救いがあるが、具体的なアーティスト名や音楽会社が取り上げられている訳ではないので説得力は薄い。
 内容を大雑把に言うと、ネット社会の急速な進展に伴って、音楽はどこでもタダでダウンロードできるコモディティと化したあげく、音楽自体(CD等)の売り上げはがた減りになり、厳密な販売戦略に基づく(韓流アイドルのような)イベント産業だけが生き残るということらしい。
 つまり作家性は過去の遺物となるらしいが、僕が今感心している「ONE OK ROCK」はやはり個性で売れていると思うので、そんなに悲観することはないと思う。
 将棋の羽生竜王も、AIでは「ふなっしー」のような規格外のデザインは出てこないと言ってるということだし。

 PS 今日、著者の麻生さんの訃報が出ていてびっくりした。享年65歳、6日にがんで亡くなられていた。野口五郎「針葉樹」や森進一「新宿・みなと町」の作詞者でもあるそうだ。合掌。2018/3/26

YMOのベーシストの話2018/03/23 01:51

細野晴臣インタビューTHE ENDLESS TALKING (細野晴臣x北中正和 2005)

 「はっぴいえんど」や「YMO」のベーシストとして著名な細野晴臣が語った自分音楽史。宗教財団設立のオファーも来たほど社会現象化したYMOの話も面白かったが、本人の中では、アイドル歌謡曲もテクノもロックもなんもかんも音楽と言う意味では皆同じなのだなあということが、読んでるとよく分かった、当たり前か。
 細野晴臣の音楽史と言うのは、時代的には、まさに、演歌・歌謡曲からJPOPへの発展の歴史と重なるわけで、今や大作詞家となった松本隆と一緒に、アイドル松田聖子に楽曲を提供したころの話として、どんな歌でも唄ってしまう松本聖子の天才性に言及した所が興味深かった。

新井素子は予言者か!?2018/03/17 23:39

□SF JACK
 (新井素子、上田早夕里、冲方丁、小林泰三、今野敏、瀬名秀明、堀晃、宮部みゆき、山田正紀、山本弘、夢枕獏、吉川良太郎 2013日本SF作家クラブ編)

 巨匠から若手人気作家まで、12人の著者による豪華なSFアンソロジー。幅広く今の日本SFを表している。
 僕が面白かったのは、ベテランの堀晃と夢枕獏の作品が、いずれもエネルギーや情報(怨念も一種の情報)の系でのフィードバックを、馬鹿話的につきつめた同種のアイデアストーリーであったこと、冲方丁の作品がそのままアニメの絵コンテになりうるほど映像的であったこと、そして新井素子の作品の中に、このアンソロジーの著者の一人も巻き込まれた、2015年のSF作家DV濡れ衣逮捕事件(「こち留」事件)を予言するような文章があったことであったなあ。