自首してきた実行犯2018/10/18 20:00

□慟哭 小説・林郁夫裁判(佐木隆三 2014文庫)

 この7月、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件(1995)の首謀者、尊師こと麻原彰晃とサリン散布実行犯らの死刑が一斉に執行された。しかし、実行犯の中で、唯一、死刑を免れた男、元医者の林 郁夫が本書の主人公である。
 林が無期懲役となったのは、まだ実行犯と疑われていなかった時点で、「慟哭」とともに、自らのサリン散布を自供し、他の実行犯の特定と事件の全容解明を大きく助けたからである。検察は、これを「自主」と見做し、求刑を減じた。
 裁判で明らかにされた林の知能と人格は、優秀で良心的な医者のそれであった。
 頭が良くて善良なエリートが、何故、見るからに怪しげな麻原に帰依したのか、本書で解かれるべき謎の一つであるが、本人の弁をもってしても、その時は麻原を信じていたとしか言わないので、不可解さは消えない。俗にまみれたくらいの方が、カルトについては耐性があるのであろうか。
 しかし、いかに改悛の情が顕著であったとしても、林が撒いたサリンで、死者を含む多くの犠牲者が出たことは紛れもない事実である。本人も極刑を覚悟していただけに、税金で無期懲役を全うさせる意義は、林に、死刑囚亡き後のオウム事件の生き証人、語り部としての任を与え、カルトの闇の解明に役立てることではないか。
 なお、本書は、小説となっているが、実質は、裁判の傍聴と膨大な資料分析、関係者への取材に基づいたドキュメンタリーである。おそらく、林や麻原の心象風景に迫った検証不能な部分が、著者の想像力の産物、小説たる所以である。


慟哭


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