高松次郎を知っていますか?2007/04/04 00:44

□名古屋駅地下鉄通路壁画(高松次郎)

1970~90年代に活躍した画家に高松次郎がいた。ひたすら人体の影を描き続け、影の画家と言われた。

あの時代には、巨大な耳のオブジェを製作し続けた耳の三木富雄もいた。大阪万博を背景に、アバンギャルドが奇妙に熱気を持った時代であった。

所要で29日に名古屋大に出張した。初めて、名古屋の地下鉄に乗った。そこに至るコンコースの壁画に高松次郎の「影」の壁画を発見した。奇妙に懐かしかった。

上野の花見2007/04/04 00:56

□桜、桜、桜(上野公園)

色々あって、土日を都心で帳簿を眺めて過ごした。昼飯を食いがてらに上野公園を覗いた。雲のような桜だった。

昼前から青いシートで場所取りをしている人のバイタリティにも圧倒された。

樋口一葉ゆかりの寺2007/04/04 01:02

□本郷の紅白ぼけ(法真寺)

本郷の赤門の近くには、樋口一葉の実家に隣接した浄土宗の寺がある。1本で紅白が楽しめるぼけが咲いていた。

休養日は休肝日2007/04/07 19:29

↑名古屋大学前の自転車共用歩道のマーク

(自転車が歩行者にぶつかっていくようにも見える)

出張疲れと連夜の酒と季節の変わり目の相乗効果で、朝起きれず寝たきり状態。昼過ぎにようよう近所のラーメン屋に這って出かけ栄養補給。

新聞を見ると、たまには肝臓を休めないと早死にすると出ていた。仰せに従うことにしよう。

明日は、県議会の選挙だが、都知事選と違って面白いキャラもいない。というか、候補者、誰もしらん。さてどうするか・・・。

ギタリストの死2007/04/07 19:41

↑駅裏の赤い祠(本郷薬師)

□和製プログレの元祖

黎明期のシンセ弾きでもあった成毛滋氏が先月の29日になくなられた。YMOに先駆けるテクノロックを演奏していた。享年は60歳、死因は大腸がんだった。合掌。

とりかえばや物語2007/04/07 22:50

↑謎の「男ビデオ」(上野「黒猫館」)

(非常に怪しげだが確かめに店を覗く勇気はない)

□実現可能な悪夢

熊本市の病院に日本初の「赤ちゃんポスト」が設置された。そのニュースを聞いて、引き取られた赤ん坊が臓器移植用に育てられるブラックジョークを考えてみたが、いかにもありそうなので気分が悪くなってきた。

煩わしき携帯2007/04/08 22:53

↑枝垂れ桜(湯島)

□クレーム交換

少し前に僕の携帯は、AUから「電池の変形の恐れがあるので充電プログラムをアップデートしなさい」と通知を受けた。すぐにアップデートプログラムをダウンロードしたのだが、その後も電池の減りが随分と早かった。

これはと思って、本体を開いて電池パックを見ると、「パンパン」に膨れ上がっていた。既に「変形」していた訳だ。

買ったお店に持ち込むと、電池パックは電話会社のショップでしか対応できないとのこと。AUショップに行ったら、無償で電池パックを交換してくれることになった。

但し、メーカーに送り返して替えるので、一週間かかるとのこと。電池交換でそんなにかかるのは腑に落ちないが、代替機を無償で貸してくれるというので矛を収めた。

しかし、難儀だなあ~。ともあれ、携帯で電池の消耗が激しい時は、電池を目で確認することを勧める。主張すればクレーム対応してくれるが、言わなければそのままみたいだ。

都の噂2007/04/09 23:28

↑露天の観音(本郷)

□慎太郎三選

都知事選はオリンピック誘致を掲げた石原慎太郎が公私混同批判ももののか、280万票(得票率51%)で三選を果たした。

県民の僕には選挙権が無いのでどうでも良いが、対立候補に人がいなさ過ぎた。注目の黒川紀章はメジャーな泡沫候補Dr.中松の2倍の16万票(得票率3%)を得た。

カート・ボネガットJr氏 ? 逝去2007/04/13 22:58

↑名古屋駅の空中庭園

□アイロニカルな作家の死

新聞に、「カート・ボネガット氏(米作家)ニューヨーク市内で死去、84歳」の記事。代表作に「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「タイタンの妖女」「猫のゆりかご」とあるので、SF作家のカート・ボネガットJr氏のことと思う。

何故、「Jr」がとれたのか不思議であるが、ひょっとすると、親父が死んだ時点で、息子の名前からJrをとって表記するのかしら。

ともあれ、僕の好きな作家だった。合掌。

日光結構(ロープウェイ初体験)2007/04/15 23:19

□明智平で赤いちっちゃなロープウェイに乗った

週末を利用して、日光に一泊、骨休めをしてきた。幸いにも快晴だったので、いろは坂の途中の明智平でロープウェイに乗った。実は、日光には何回もドライブしたが、ここでロープウェイに乗るのは初めてだった。

赤い小さな箱に結構な人数を詰め込んで、男体山を見ながら、ロープウェイは、ゆるゆると展望台に向かった。